いよいよ令和8年(2026年)10月1日から施行される「カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)防止対策の義務化」について、企業の経営者、労務担当者、そして現場の管理職の皆さまに向けて、専門的な内容をかみ砕いて分かりやすく解説しました。


目次

  • 第1章:なぜ今「カスハラ対策」が必要なの?(背景と義務化スケジュール)
  • 第2章:そもそも、どこからが「カスハラ」になる?(定義と判断基準)
  • 第3章:会社が講じるべき「5つの必須対策(措置義務)」とは?(義務化される具体的な内容)
  • 第4章:今から始める!義務化に向けたステップ(実践ロードマップ)
  • 第5章:【実務で役立つQ&A】現場でよくある疑問と対策事例

第1章:なぜ今「カスハラ対策」が必要なの?(背景と義務化スケジュール)

1. 急増するカスハラと深刻な社会問題化

近年、顧客や取引先からの暴言・理不尽な要求、SNSでの誹謗中傷といった「カスハラ」が急増し、ニュースなどでも大きく取り上げられるようになりました。
実態調査によると、ハラスメント被害を受けた従業員のうち、約50%が「泣き寝入り(誰にも相談せず我慢)」しているとされています。また、カスハラに関する被害相談はここ数年で増加傾向にあります。
これらは、単なる「よくあるクレーム」の域を超え、働く人の尊厳やメンタルヘルスを脅かす深刻な社会問題となっています。

2. 法改正による義務化スケジュール

こうした事態を受けて、国は法律を改正し、企業に対してカスハラ対策を義務付ける決定をしました。

  • 法改正の決定(2024年12月):厚生労働省が労働政策審議会にてカスハラ対策を企業に義務付ける方針を発表し、了承されました。
  • 改正法の公布(2025年6月):男女雇用機会均等法等の改正と並び、労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)が改正・公布されました。
  • 東京都等の先行条例(2025年4月):東京都では全国に先駆けて「カスタマーハラスメント防止条例」が施行されました(罰則はありませんが、社会的な啓発が大きく進みました)。
  • 【全国義務化】(令和8年10月1日施行):改正労働施策総合推進法に基づき、令和8年(2026年)10月1日より、全国のすべての企業(大企業・中小企業問わず)でカスハラ防止措置が義務化されます。

3. 対策を怠ることで企業が負う重大なリスク

「うちは顧客第一主義だから」「クレーム対応は現場の仕事だから」と放置していると、企業は以下のような重大なリスクに直面します。

  1. 人材の流出と採用困難:過酷なカスハラが放置される職場からは、優秀な人材が次々と辞めていきます。また「カスハラ対策をしてくれない会社」という悪評が広がれば、新規の採用も極めて困難になります。
  2. 安全配慮義務違反(損害賠償請求):会社には、従業員が安全で健康に働けるよう配慮する義務(安全配慮義務)があります。カスハラでメンタル不調に陥った従業員への適切なサポートを怠った結果、会社が損害賠償責任を追及される裁判例も増えています。
  3. 生産性の低下とイメージ悪化:従業員が日常的に恐怖やストレスを感じている職場では、心理的安全性や生産性が著しく低下します。さらにSNS等でトラブルが拡散されれば、企業の社会的信用は一瞬で失墜します。

第2章:そもそも、どこからが「カスハラ」になる?(定義と判断基準)

顧客からの意見すべてが「カスハラ」になるわけではありません。正当な要望を不当に「カスハラ」と決めつけて排除してしまうと、サービスの改善機会を失うばかりか、別のトラブルを生む原因にもなります。
そのため、「正当なクレーム」と「カスハラ」の境界線を正しく理解しておくことが重要です。

1. 国が定める「カスハラの3要素」

厚生労働省の指針(カスハラ防止指針)では、以下の3つの要素をすべて満たすものを「職場におけるカスタマーハラスメント」と定義しています。

  1. 職場において行われること
  2. 顧客等(顧客、取引先、利用者、近隣住民など)からの言動であること
  3. 労働者が従事する業務の性質等に照らして、「社会通念上許容される範囲を超えたもの」により、労働者の就業環境が害されること

※「就業環境が害される」とは、従業員が精神的・身体的に苦痛を与えられ、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、見過ごせない支障が出ている状態を指します。これは、「平均的な労働者の感じ方」を基準に判断します。

2. 「社会通念上許容される範囲を超えた言動」の典型例

具体的にどのような行為が範囲を超えているとされるのか、指針ではいくつかの典型例を示しています。

分類具体的な言動の例対応する主な犯罪
言動の内容が不相当なもの・そもそも要求に理由がない、または無関係な要求(プライバシーへの介入、性的な要求) ・契約内容を著しく超える無理なサービスの要求 ・対応が著しく困難、または不可能な要求(不当な値引きなど) ・無関係、不相当な額の金銭賠償要求恐喝罪、詐欺罪など
身体的な攻撃・殴る、蹴る、叩く、物を投げつける、つばを吐きかける暴行罪、傷害罪
精神的な攻撃・大声での罵倒、人格否定、侮辱的な発言 ・「SNSに晒すぞ」「会社を潰してやる」といった脅し ・土下座の強要 ・拒否しているにもかかわらず無断で撮影を続ける脅迫罪、強要罪、名誉毀損罪、侮辱罪
威圧的な言動・高圧的に大声を張り上げる、反社会的な言動脅迫罪、威力業務妨害罪
継続的・執拗な言動・同様の質問や不必要な問い合わせを執拗に繰り返す ・揚げ足取り、長時間の責め立て、大量のメール送りつけ威力業務妨害罪、偽計業務妨害罪
拘束的な言動・長時間の居座り(不退去)、長時間の電話による拘束不退去罪、監禁罪、業務妨害罪

3. 「正当なクレーム(意見)」との違い

「商品が壊れていたから交換してほしい」「サービスに不備があったので、その分の対応をしてほしい」といった要求は、正当なクレーム(申し入れ)であり、カスハラではありません。不適切な初期対応が原因で顧客の怒りを買い、クレームが加熱することもあるため、事業主や労働者側の対応に不備がなかったかも踏まえて客観的に判断する必要があります。
また、障害者差別解消法に基づく「合理的配慮の提供」や差別的取扱いの是正を求めること自体も、当然ながらカスハラには当たりません。


第3章:会社が講じるべき「5つの必須対策(措置義務)」とは?(義務化される具体的な内容)

令和8年10月の義務化にともない、事業主は以下の5つの雇用管理上の措置を必ず講じなければなりません。これらを実施していない場合、行政指導の対象となったり、万が一のトラブル時に企業責任を問われたりします。

1. 会社の方針の明確化と、従業員への周知・啓発

まずは「会社としてカスハラは許さない」という姿勢を明確にします。

  • 方針の決定と発信:トップ(社長・経営陣)メッセージとして、ハラスメントを許さない方針を社内外に発信します。
  • ルールの明文化:就業規則や「ハラスメント防止規程」「カスハラ対応マニュアル」などに、対象となる行為や毅然とした対応を行う旨を定めます。
  • 周知と教育:社内ポータルへの掲載やパンフレット配布、全従業員に対する定期的な研修(一般社員向け・管理職向け)を行い、全員の意識を統一します。

2. 相談窓口(体制)の整備

従業員が一人で抱え込まず、すぐに会社に相談できる仕組みを作ります。

  • 相談窓口の設置と周知:ハラスメント相談窓口をあらかじめ設定し、担当者名や連絡先を従業員に周知します。パワハラやセクハラと一元的に対応できる窓口にすることが望ましいです。
  • 相談対応マニュアルの整備:相談窓口の担当者が適切、迅速に対応できるよう、ヒアリング方法や関係部署との連携フローをまとめたマニュアルを準備します。

3. 事案発生時の迅速かつ適切な対応

実際にカスハラが発生してしまったら、組織として素早く動きます。

  • 事実関係の正確な確認:相談者から状況を聞き取り、周囲の従業員や録音・録画、メールなどの客観的証拠を確認します。
  • 従業員の保護(被害者への配慮):被害を受けた従業員をカスハラ行為者から引き離し、対応を上司や別担当者に交代させます。複数人で対応する体制への切り替えや、必要に応じてメンタルヘルス不調への相談対応、医療・産業医への連携も行います。
  • 組織的かつ毅然とした対処:事案が悪質な場合は、あらかじめ定めた対応に基づき、会社として「これ以上の対応はお断りします」「法的措置を取ります」と毅然とした態度で顧客に申し入れます。

4. 悪質な事案への実効的な抑止・対処措置

暴言、脅迫、監禁といった特に悪質な行為に対して、現場従業員を単独で対応させず、組織的に排除するためのルールを作ります。

  • 具体的な対処方針の策定:特に悪質なカスハラ(犯罪行為)への対応として、「警察への通報」「警告文の発出」「サービスの停止」「店舗への出入り禁止」「裁判所への仮処分申請」などの具体的な対応方針を定めておきます。

5. プライバシー保護と不利益取扱いの禁止

相談したことで従業員がさらに傷ついたり不利益を被ったりしないよう、法律で厳格に定められています。

  • プライバシーの保護:相談者や関係者の個人情報(性的指向・ジェンダーアイデンティティなどの機微な情報を含む)が漏洩しないよう、窓口担当者に守秘義務を徹底させ、情報の管理ルールを定めます。
  • 不利益取扱いの禁止:カスハラを相談したこと、または事実関係の調査に協力したことを理由として、解雇や減給、配置転換などの不利益な取扱いを行うことを就業規則などで明確に禁止し、周知します。

第4章:今から始める!義務化に向けたステップ(実践ロードマップ)

令和8年10月の義務化に向け、企業は今日から段階的に準備を進める必要があります。以下の4ステップで対策を構築していきましょう。

【ステップ 1】現状の把握と課題の抽出(社内アンケート等)
  ↓
【ステップ 2】方針・ルールの決定と就業規則等の改定
  ↓
【ステップ 3】相談窓口の設置とマニュアルの作成
  ↓
【ステップ 4】従業員への周知、研修の実施、社外への表明

ステップ1:現状の把握と課題の抽出

まずは、自社の現場でどのようなクレームやカスハラが実際に起きているかを把握します。

  • 営業や接客部門、コールセンターなどにアンケートを実施したり、過去のクレームログを分析したりして、自社の業種や業態に特有のカスハラリスクを洗い出します。

ステップ2:方針・ルールの決定と就業規則等の改定

会社としての基本方針を決定し、法的根拠(ルール)を整備します。

  • 経営陣が「ハラスメントを許さない」方針を表明し、就業規則に「ハラスメントの禁止規定」や「相談を理由とする不利益取扱いの禁止規定」を追加・改定します。
  • 「自社の労働者が取引先などにカスハラを行わないこと」も服務規律や服務規定に明記することが望ましいです。

ステップ3:相談窓口の設置とマニュアルの作成

受け皿となる窓口と、いざという時の対応手順を用意します。

  • 相談窓口の担当者を決め、従業員がアクセスしやすい連絡先(専用メールアドレスや電話、社外窓口など)を設定します。
  • 「初期対応」「上司への報告フロー」「管理職の介入基準」「警察や弁護士との連携手順」を盛り込んだ「カスタマーハラスメント対応マニュアル」を具体的に作成します。
  • ※マニュアル作成時には、厚生労働省が公表しているスーパーマーケット業編、宅配業編や、農林水産省の飲食店向けガイドラインなど、自社の業種に合った官公庁のマニュアル・ガイドブックを大いに参考にすることが推奨されます。

ステップ4:従業員への周知、研修の実施、社外への表明

ルールや窓口が形骸化しないよう、全員に浸透させます。

  • 完成した就業規則やマニュアルを周知し、全社的な研修を実施して、対応方法を身につけさせます。
  • また、自社ホームページや店舗へのポスター掲示などを通じて、「カスハラには毅然とした対応を取ります」という方針を社外(顧客)にも表明・周知することは、カスハラの発生そのものを抑止する上で極めて高い効果があります。

第5章:【実務で役立つQ&A】現場でよくある疑問と対策事例

厚生労働省の「解釈事項(解釈通達)」などに基づき、実務で本当によくある疑問を分かりやすくQ&A形式で解説します。

Q1. まだ商品を購入しておらず、契約関係が発生していない「見込み客(潜在的な顧客)」や「問い合わせ窓口への電話のみの者」からの言動も、法律上の「カスハラ」に該当しますか?

【答】はい、該当します。

国の指針において、「顧客等」には「今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある潜在的な顧客」や「事業主の行う事業に関する内容等に関し問い合わせをする者」も含まれると明記されています。
そのため、まだ契約が成立していないからといって会社が対策を怠ってよいわけではありません。その段階で発生した言動であっても、暴言や過度な要求が3要素を満たす場合は「カスタマーハラスメント」として組織的に対応する必要があります。


Q2. 今後、絶対に自社の顧客になることは想定されない「近隣住民」や「ただの通りすがりの人」からの言動も、カスハラ対策の対象になりますか?

【答】はい、対象に含まれます。

「顧客等」の定義には、サービスの直接的な利用者のほかに「施設の近隣住民」も例示されています。
例えば、店舗の音や看板の設置、ゴミ出しなどをめぐって、近隣住民から執拗な嫌がらせや、労働者に対する社会通念上許容される範囲を超えた暴言・威圧的言動などが行われた場合も、3要素を満たせばカスハラになります。会社は従業員の安全を守るため、適切に対応する義務があります。

Q3. 従業員が1名しかいない店舗(ワンオペ店舗、あるいは訪問先など)の場合、指針にある「管理監督者が代わって対応する」や「被害者と行為者を引き離す」といった対応が物理的に不可能です。どのようにすれば義務を果たしたことになりますか?

【答】その場の初期対応ルールを事前に明文化して持たせ、事後に保護措置を講じることで、措置義務を果たしたことになります。

物理的な交代や引き離しが不可能な環境にある従業員(1人店舗、現場ドライバー、訪問介護など)に対しては、以下のような対処内容をあらかじめマニュアルで定めておくことが必要です。

  • その場での対処ルール:
    1. 労働者から丁寧・十分な説明を行った上で、なお繰り返しの要求が続く場合には、「一定の時間の経過をもって退店を求める」または「電話を切る」などの明確なルールを持たせる。
    2. 暴行や脅迫、居座りなど犯罪にあたる場合は、速やかにその場で警察へ通報するよう指示しておく。
    3. 現場対応が困難な場合は、すぐに本社や本部に情報を共有し、指示を仰ぐルートを確保する。
  • 事後の保護措置:
    現場対応が終わった後に、相談を受けて事実が確認できたら、被害者に対する配慮として、「行為者に対応する担当者(あるいは店舗)の変更」「担当エリアの変更や配置転換」「管理監督者や産業医等によるメンタルヘルスケア」を会社として実施しなければなりません。これらを体系的に整備しておくことが義務付けられます。

Q4. 相談窓口は、既存の「パワハラ窓口」や「セクハラ窓口」と完全に同じでなければならないのでしょうか?「まずは現場の直属の上司が最初の相談を受ける」という形でも問題ありませんか?

【答】完全に同じにする必要はありません。上司を相談対応者とすることも認められています。

パワハラやセクハラは、他のハラスメントと複合的に発生することが多いため、社内の相談窓口は一体的(一元化)に設置することが望ましいとされています。
しかし、カスハラについては、「事案が発生したその場ですぐに上司に報告・相談すること」や「現場の状況をよく知る上司がその場で介入すること」が適切なケースが非常に多いため、既存の他ハラスメント窓口と一体化させる必要は必ずしもありません。
指針においても、相談に対応する担当者として「労働者の上司にあたる管理監督者等を定めること」が考えられると示されており、上司を一次窓口とすることは問題ありません。ただし、上司自身が適切に対応できるよう、会社として上司への教育やマニュアル配備を忘れずに行ってください。


Q5. 業界団体が作成した「業種別カスタマーハラスメントマニュアル」を全従業員にそのまま配るだけで、法律上の義務(方針の周知や対処内容の策定)を果たしたことになりますか?

【答】いいえ、単に配布するだけでは義務を果たしたことにはなりません。自社に合わせた調整が必要です。

スーパーマーケット協会や飲食業界などの各種団体が作成した優れた「業種別マニュアル」を従業員に配布し、活用することは実務上きわめて効果的であり、国も推奨しています。
しかし、国が求める義務は「個々の事業主(会社)が自らの方針や対処内容を定めること」です。そのため、他者が作ったマニュアルをただ右から左へ配るだけでは足りません。
業界マニュアルをベースにする場合でも、自社の体制や実情に応じて必要な調整・修正(自社の相談窓口はどこか、最終的に誰が対応を交代するかなどの決定)を行った上で、自社のルールとして周知・啓発する必要があります。


Q6. 「自社の従業員が、他社の従業員(取引先など)に対してカスハラを行ってしまった」という相談が入りました。この場合、就業規則をわざわざ改定して「カスタマーハラスメント独自の懲戒規定」を新しく設ける必要がありますか?

【答】既存の懲戒規定(信用失墜、服務規律違反など)で対応できるのであれば、必ずしも新たにカスハラ独自の懲戒規定を設ける必要はありません。

国の指針等において、自社の労働者が他社に対してカスハラを行った場合は、事実確認に協力し、事実であれば必要な措置(懲戒処分等)を講ずることが望ましいとされています。
しかし、すでに就業規則の懲戒規定に「会社の信用失墜行為」「風紀・秩序を乱す言動」「他人の名誉を傷つけ業務を妨害する言動」といった幅広い項目が定められており、それに基づいて取引先へのカスハラ行為を処分することが可能であれば、新たに「カスタマーハラスメント懲戒規定」という条文を追加改定しなくても、法的な不備にはなりません。既存の規定をよく確認し、当てはめが可能か精査しましょう。


おわりに

カスタマーハラスメント対策は、単に「わがままな顧客を排除する」ためのものではありません。
毅然とした対応で悪質なクレームをシャットアウトすることは、「大切な従業員の命と心、そして健康を守ること」であり、ひいては「まともな大半の顧客に、質の高いサービスを継続して提供すること」につながります。

令和8年10月の義務化を単なる「法的な義務(負担)」と捉えるのではなく、「優秀な従業員に長く働いてもらい、会社の社会的信用を高めるための、ポジティブな投資」と捉え、今日から一歩ずつ対策を始めていきましょう。
会社一丸となって、ハラスメントのない安心・安全な職場づくりを目指しましょう!

本記事は掲載時点の制度に基づく内容です。制度は改正される場合があり、実際の取扱いは個別の状況により異なります。具体的な判断が必要な場合は、別途ご相談ください。